静かな時間の使い方 自分の解像度を上げる「独りの思索」の全技法
安斎さんのvoicyはいつも聞いていて、「静かな時間」「ソーシャルノイズ」という言葉が印象的に聞こえていたけれど、リフレクションが必要だよね、なぜ今必要かというと、の土台としてこれらの言葉があるイメージだった。
リフレクション、うまくできていない・苦手で、道中で離脱してしまう感覚があるのでしっかり取り組みたいと思える内容でとてもおもしろかったです。
感情のリフレクション
4つの軸でのリフレクションについて書かれているのだけど、感情のリフレクションでかなり揺さぶられた。
解釈・感情・価値観の3層モデルのところが面白くて、完全に「リフレクションが下手な人だわ」となった。
リフレクションが下手な人は、感情と解釈の悪循環に入って価値観から離れていく。
感情の背後にある価値観を明らかにすることで自分の価値観にあった行動を選択できるようになる。
普段の個人的なやりとりはclaudeでやっているので以下のように聞いた。
この1か月、私はどんなことをしていましたか? やってきたことを、事実としてリストアップしてください。 その後、そこに付随する感情があればそちらも記載してください。
で、
その感情に対して、私は感情について解釈を加えるループにありましたか? それとも、感情と価値観の関係性を見つめられていましたか?
で、
両方起きていたけれど、解釈を加えるループにいた時間のほうが長かったと思います。領域によって差がはっきりありました。
解釈を加えるループになっていたもの
解釈を加えるループは、ざっくりと仕事絡みの話。社会的な成功とは程遠いよ〜という話をして解決策を出してもらっても「でもそれって逃げだよね?」とか、ミスマッチだったのではという提示に対して「それはしょうがないと割り切るということですよね」とか。あとは「それは言い訳な気がする」とか。
これは感情と解釈のループに入っていると。
なるほど確かに〜と思うけれど、その話をしている最中は冷静に・言われたことを鵜呑みにしないで客観的な視点を持って、とか思っていたのでこれをそのタイミングで気づくのは自分にとってはかなり難しそうだなという印象を受けた。
価値観に接続できていたもの
では、価値観レイヤーにおりて考えられていたものもあるということでそれがなんだったのか。
一言で言うと「趣味」のもの。
前に書いた映画の感想とか、人へのプレゼントの相談の話とか、ダラダラした考えの壁打ちとか(今ってコンテキスト中心の時代だよね、あと今自分が好きなプロジェクションサイエンスが比較的最近概念として出てきたのも流れにありそうだよね、という話をclaudeとした)。
自分から適切に距離を取れているものに対しては、価値観を見つめられていた。
価値観レイヤーに降りる方法は知っているけれど、感情が強く動く場面ではまだ解釈ループが勝っている
という総括をいただいた。
ちなみに、この本の診断チェックの結果として、「逸脱不安」「承認依存」の2つが多かった(というか4つ全部チェックついた)
人の目があるとわかってしまっている仕事の文脈において、この2つのタイプがある中で、感情が強く動くと解釈ループに入る、と言われてしまうと抜け出せなくないか?という気持ちになる。
ちゃんとリフレクションしよう
というのはclaudeとの壁打ちの結果なので、ひとつの話の流れとして認識しつつ、時間をとって書籍の方法で丁寧にリフレクションをしてみたいと思います。
4/26の出版記念イベントにも行くので楽しみ。
その他
近内悠太さんの「利他・ケア・傷の倫理学」の言及があったが、ここ数年で最も揺さぶられた本の一つなので、こういうつながり方をするのかという気持ちがあった。また読み返したい。
ref: 文脈 (映画「関心領域」と書籍「利他・ケア・傷の倫理学」) | ADNKDN