notion上で記録を付け始めたのが2024年1月からで、そこまでの記憶はないのだけどそこからだとしたら2年半くらい、週末の夜ごはんを作るようにしている。
めちゃくちゃ苦手意識があり、今もできるとは言いづらいレベルだけど続けられている。
料理できるってインスピレーションでパパッと作れることでしょ?
子どもが小さい時におさるのジョージをよくみていた。ワイズマン博士が料理が苦手でやろうとした時に、レシピとか見ないでインスピレーションでやろうとして失敗していた。これ、めちゃくちゃ共感した。自分もまったく同じようなイメージを持っていた。料理って、頭の中でどうすればよいかがイメージで分かっていて、大きな方向はあるけど、細かく考えるものじゃないでしょ。と。
若い頃はよくわからないまま、肉野菜炒めばっかり作ってた。焼肉のタレで炒めると間違いないとかそういうの。
いやいや、レシピに忠実にじゃないと作れないやん
途中の変遷は忘れたけれど、自分は今むしろレシピ通りにしか作らない。作れないというのも正しい。
最初に自分のものにしようとしたのはカレー。定番。でも、カレーでも自分はじゃがいも入れるのが好きじゃなくて、そういうちょっと定番から外した時にミスっちゃうんだよな。で、妻にこれ通りに作ったらおいしいよ、と昔に買ったdanchuのカレーのレシピをめちゃくちゃゆっくり作った。当然といえば当然なんだけど、おいしかった。家族もおいしいと思えるおいしさ。
自分のこだわりを入れるポイントは手放して、とにかく普通においしいと思えるものを作ろう。信頼できるレシピ、失敗しようがないものを作ろうということから始めた。
めっちゃ効率悪いけど、ちゃんと美味しいものを作る
カレーを作るだけで3時間くらいかかるので週末にしか作れない。2年半たった今、作る量は増えた気がするけれど、いまだに2〜3時間くらいかかってる。Notionで記録をつけているのだけど、毎回作るのでいっぱいいっぱいで、うまく記録できていない。しかも、同じ料理はしばらく間をあける必要があるから、次のチャレンジ時にはあまり覚えていない。うまくなっているのかよくわからないまま、続いている。
泥臭く効率悪くても続ける
レシピ通りに作る、ということをベースとしつつ、自分の感覚として覚えていくしかない。レシピが形式知、それを自分の中の暗黙知として溜まるように。繰り返すことでしか、自分の中に染み込んでいかない。かなり効率が悪い。
これは料理だけの話ではないな、と最近思う。
自分がうまくワークするために必要なものは、形式知になっていたとしても、それを自分の中での暗黙知として馴染むまで繰り返すことで仕事のクオリティがあがる。形式知で済むものは、今後はAIにお願いしていくことになるだろうから、エッセンスを抽出してなるほどそういうことなのか、という腹落ちを早めにしていく必要がありそうな気がしている。
要領悪いやり方だけど
そんなやりかた、今の時代にあっていなさそうに感じる。
シゴデキの皆さんは料理にハマるというけれど、もっとスマートに高速にPDCAを回すような楽しみ方と思われる。
ただ、悪あがきな考え方としては「要領よくやる」の部分こそAIが代替しやすい部分な気もしており、自分のやり方にもある種の意味があるのかも、と。
しんどいところをしんどいながらももがいてやりつづける、体が覚えていくことを今の時点では続けていくことになるのかな、という気持ち。