はじめての短歌
特に好きだったのは「留学生の日本語① その神秘的な間違いに素敵回路が誤作動する」
外国の方が日本語を使う時に助詞が不安定、だけど短歌においては助詞の正解を、間違いなく正しいところに落としこめばいいってものじゃない。
「ぼくが今日学校へ行きました。」
「が」であること、文章としては間違っているように感じてしまうが、妥当性のあるストーリーを考えた場合、ニュアンスが複雑になる。
たとえば、セクシャリティにおいてぼく度が低くてあたしも含まれているのでは?
ぼく「が」であることで、第三者性が出てくるのか。
感情に埋没せず、少し離れて眺めることで感情に振り回されないようにするという話があるが、この「ぼく」にはその力があるのかも。
自分の中に、別のぼくを作る。
イマジナリー自分。
はじめての短歌 を読んだ
2026-05-22
